【2012年5月4日(金・祝)】湖北・奈良・京都古刹巡りの旅#13
朝5時台の興福寺の散歩からホテルに戻り、9時頃に再度興福寺を目指してホテルを出発。
「興福寺友の会」に入会しているので、色々と特典があるが、北円堂開扉のお知らせも頂く。今春は4月28日~5月6日に開扉されるとのお知らせのハガキで2人分はフリー。
721年に藤原不比等の一周忌に建立された北円堂は、1180年の焼き打ちで焼失したが、天平の姿をよく残して1210年ごろに再建された。優美で華麗な八角円堂である。
今でも発掘が続いている。ということは、また新しい発見があったのだろう。歴史の深さに思い至る。
北円堂を拝観出来るのは年に2度だが、これまで数回拝観の機会を得ているが、いつもワクワクしてしまう。
それは、運慶最晩年の作があるからでもあるし、このお堂の持つ一種の空気感が気持ちを無の状態にしてくれるからかも知れない。
堂内には全部で9体の仏像が安置されている。
本尊は弥勒如来坐像で運慶作。半眼で落ち着いた面持ちで、明るく力強い体躯、指先に表情が宿っている。
釈迦入滅後に、56億7千万年後に兜率天から下生して、如来となった弥勒が説法を説くお姿の光背には天女が8体舞っている。
その弥勒如来の脇侍は、法苑林と大妙相菩薩半跏像で室町時代の作。
四方には、このお堂の中で一番古い平安時代初期の四天王が安置されている。怒りを表しながらもどこかにユーモラスさが残る肉付きの良い天部である。
そして、圧巻は何と言っても、無著・世親菩薩像である。
法相宗の宗義をまとめあげた兄弟の学僧は、運慶のみならず、我が国肖像彫刻の傑作でもある。
弟の世親像は、動きが止まって思慮深さと意志の強さ、玉眼が哲学を語っているように感じる。
無著像は、静謐感が漂い、衣の襞の流れに「生」が感じられる。生き生きとした玉眼でじっと見つめる尊顔から悟りの境地に至ったように感じられる。
八角円堂の内部は朱塗りの柱に、緑の格子窓。そして垂れ幕には神の使いである鹿が描かれている。