【2012年3月18日(日)】(東京古寺探訪#57)
関東36不動霊場の第21番である「薬研堀不動院」は、東日本橋にあり、古くから目黒、目白と並んで江戸三大不動として知られているという。
新宿からは馬喰横山町駅からすぐのところに、ビルに挟まれたようにして本堂が建っている。階段の左右には幟旗が翻り、本堂の頂上には八角大宝塔が載っており輝いている。
真言宗智山派で、現在は川崎大師平間寺の東京別院となっているほか、御府内88ヶ所の第23番札所でもある。
その本堂は、幅約6m程度と細いものの、きらびやかな内陣を配している。
ご住職にご朱印をお願いし、撮影許可を得て、お参りする。

内陣奥には中央に厨子入りの不動明王が安置されているが、像高20cm程度で暗くて細部までは良く分からないが、わずかに火焔光背のシルエットが見える。
本尊の不動明王は、真言宗の中興の祖であり、真義真言宗(智山派、豊山派)の開祖である興教大師が、1137年に自ら刻まれたと伝えられている。
本尊の左に大日如来坐像、右に阿弥陀如来立像がいずれも厨子入りで安置され、更に、一段下には右に弘法大師、左に興教大師が、また一段下に、右には恵比寿様、左に大黒天と7体の仏像が、護摩壇の奥、前机の先の須弥檀に勢揃いしている。
護摩壇の上の六角天蓋は一部分、護摩の煤で黒ずんでいた。
ご朱印を引き取りにご住職のところへ伺うと、「何をそんなに熱心にメモしているの?」と訊かれたので、写真だけでは分からないその時の印象などをメモしていると答えた。
「仏像ではなく仏さまをお参りしてくださいね」と僧侶の教えをいただいた。
「天蓋はやはり護摩の煤で汚れてしまうのですか?」と伺うと、「昨年420年で、堂内を綺麗にしたんだけど、毎日護摩を焚くので汚れてしまう」と応えてくれた時には、何故か知らないがニコニコした表情だった。
本堂の左裏手には、遍路大師像が左脚を前に出して歩いているような姿で立たれている。
また、ここは講談発祥の地でもあり、順天堂発祥の地でもあり、それらの碑も建っていた。
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