【2010年7月17日(土)】
毎年自主的に行っている胃の内視鏡検査で「何の問題もありません」と言われた後、スポーツジムでトレーニングをし、夕方千駄ヶ谷にある国立能楽堂に向かった。
先般、興福寺友の会より案内があり、勧進能のチケットを購入した。第1部、第2部と分かれており、その第2部、番組は、狂言が「清水」、そして能は「鵺」である。
今年は平城遷都1300年であると共に、興福寺としても1300年となり、現在<天平の文化空間の再構成>のために尽力し、その一環で中金堂の再建を手掛けている。
この勧進能もその復興の一部に充てられるということで、多川貫主自ら東京に足を運び、勧進を行っているようで、番組が始まる前に、そのような主旨のご挨拶があった。貫主は気さくな方のようであった。
館内の一角では興福寺グッズが販売されもしており、なかなかの好評であったようである。
さて、番組に先立ち、馬場あき子さんより、「鵺」の解説やそれにまつわる興味深い話が伺え、作品の理解の一助となった。鵺はサルの顔、タヌキの胴体、トラの手足を持ち、尾はヘビという妖怪である。その妖怪が一矢にして討たれてしまう悲哀の物語でもある。
昨年この能をもとに燐光群の坂手洋二氏が手掛けた
現代能楽集「鵺」を観たこともあり、「鵺」という劇の様子は分かっていたつもりではあった。
世阿弥の晩年の作であるこの作品は、単に妖怪ものを取り扱ったのではなく、現代にも通じる人々の心の奥底に持つ社会と隔絶された心模様を深く掘り下げたものである。
この日、能もパフォーミング・アーツであるなと感じた。笛や小鼓、大鼓、太鼓に掛け声はオーケストラに、謡曲はコーラスに、シテやワキはまさしくパフォーマーである。特に、この鵺は能にあっては賑やかな謡曲が付いており、1時間半があっという間に過ぎて行った。
前シテ、後シテの装束の変わり映えも見どころの一つであった。
2週続けての能観賞、年に2-3度はこういう機会があってもいいものだと、趣味までは行かずとも日本文化との接点の拡大を面白く思った。